私の下の子どもは、生まれつき右側の片側口唇裂を持って生まれてきました。口唇裂には、口蓋裂(こうがいれつ)といって、口の中の上あごがふさがらず、すき間があいている状態を併発する場合もありますが、私の子どもにはそれはなく、発音や言語の発達には大きな問題はありませんでした。
ただ、唇・人中・歯茎に裂け目があり、永久歯の土台になる骨が一部欠けている状態でした。そのため、哺乳の時期から、さまざまな工夫と治療が必要になりました。授乳のときには、「ホッツ(Hotz)プレート」という、唇からお乳が漏れないようにする専用の口腔内プレートを装着し、母乳で育てました。
第一回目の手術は、生後約3か月。裂けていた上唇を縫い合わせる口唇形成手術を受けました。
第二回目は、年長のとき。歯茎にできた裂け目に骨を移植する歯槽形成(しそうけいせい)と呼ばれる手術で、将来の歯列矯正のための土台を作りました。
下の子は、口唇裂の中でも比較的手術回数の少ないケースであり、本来であれば、高校卒業のころに気になる部位の修正手術をして終了、もしくは様子を見ながら経過観察を続けていく予定でした。※矯正歯科の治療は、現在も続いています。
ところが、中学生になり思春期を迎えると、娘は「美醜」への悩みに強くとらわれるようになりました。周囲の視線、SNSで見る理想の顔、そしてちょうどコロナの時期でもあり、マスク生活で顔を隠せていたことへの安心感… 。それらが複雑に絡み合い、やがて心のバランスを崩してしまい、苦しい時間を過ごすようになったのです。「自分の顔が嫌い」「自分なんて嫌い」そう感じるようになり、少しずつ自尊心が壊れていきました。
そんなときに見つけたのが、大阪母子医療センターでした。中学3年のとき、ここで鼻・人中・上唇の修正手術を受けました。遠方ではありましたが、親子で2回ほど受診し、学校を休んで手術に臨みました。手術前日と当日は私が付き添い、入院はたしか1週間から10日ほどだったと思います。退院の日には、私が迎えに行きました。手術後は、形状がかなり整い、本人の気持ちも明るくなったように見えました。そのとき、私は心の底からほっとしたのを今でも覚えています。
少しだけ補足すると、どこで手術を受けるかによって目的や役割が異なります。
一般の病院では、病気やけが、先天的な異常を治療して、日常生活に支障が出ないようにすることが目的です。こうした治療は医療として必要と認められ、健康保険が使える(保険適用)のが特徴です。
一方、美容整形クリニックでは、機能には問題がなくても、もっときれいにしたい、より自然な見た目に整えたいといった、見た目に関する希望に応えることが目的になります。このような場合は自由診療(自費)となり、基本的に保険は使えません。
中学生の頃の娘は、こだわりがとても強く、見た目に対してもとても敏感でした。そして高校では、新しい出会いが待っているという期待もあったのだと思います。「自分のことを知らない人たちには、新しい自分を見せたい」そんな気持ちもあったのでしょう。
中学3年のときに、大阪母子医療センターで鼻・人中・上唇の修正手術を受けてからは、しばらく気持ちも落ち着き、本人も明るくなったように見えました。遠方での手術や入院も、よく頑張ったと思います。しかし、高校生になり環境が変わると、「もっときれいになりたい」という気持ちが以前よりも強くなっていきました。裂の跡をもっと目立たなくしたい、鼻や人中、唇の左右のバランスも気になる、そんな思いを胸に抱えながら過ごす娘の様子を見て、私は、これ以上メスを入れるのは、今はやめてほしいと何度もためらいました。できることなら、高校卒業までは手術を見送ってほしいと考えていたのです。けれど、時間が経つにつれ、娘は次第に落ち込み、気持ちも不安定になっていきました。その姿を見て、私はようやく思い直し、気持ちに寄り添うことにしたのです。
そんなある日、主人がいろいろと声をかけてくれたおかげで、不思議なご縁がつながりました。以前、お仕事でやり取りのあった女性の方から、有名なクリニックの教授と親交があるということで、ご紹介をいただき、受診できることになったのです。
その後、東京で遠方ではありましたが、高2の夏休みに8時間におよぶ修正手術を受けることになりました。本人は「これできれいになれるなら」と覚悟を決めて、術後の痛みや長引くガーゼ・マスク生活もなんのそのでした。本当にやってよかった!と心から思える手術となりました。
あれから1年10か月。経過はとても順調です。唇や人中の修正も一緒に勧められましたが、娘の希望で鼻だけで十分とのことで、鼻に関しては本人の中に明確な理想の形があり、それに沿って手術していただきました。その他の部位には、昔の裂の手術跡がうっすらと残っているものの、今ではもう何も気にならないそうです。手術後は、見違えるほど顔立ちが整い、娘自身も明るく、前向きに高校生活を楽しめるようになりました。
私の子どものように、生まれつき口唇裂を持って生まれるケースもありますし、同じ先天性の異常でも、その重症度は人それぞれです。そして何より、その現実をどう受け止めるかも、一人ひとり違うと感じています。子ども自身がそれほど重症でなくても、ほんの少しの違いをとても気にする子もいれば、もっと大きな症状を持ちながらも、最小限の手術だけで、まったく気にせず前向きに過ごす子もいます。この問題は、本人だけのものではありません。親や兄弟姉妹、身近な親類やお友達など、周囲の人との関係から受ける影響も大きく、どんな道を選ぶかは家庭ごとに本当にさまざまだと思います。
私の場合は、口唇裂や口蓋裂のあるお子さんやご家族を支援する団体や会には、参加も相談もしませんでした。なぜそうだったのか、自分でもはっきりとした理由はわかりません。家族の中で話し合いながら、自分たちで考えて行動する道を自然と選んでいたと思います。けれど、今振り返って感じるのは、「一人でがんばらなくてもいい」ということです。本当にしんどいときは、どこかに必ず手を差し伸べてくれる人や場所があります。だから、無理をせず、誰かを頼ることも大事な選択だと思います。
今のところ、下の子は顔に対して不満もなくなり、自信を持てるようになってきました。それとともに、さまざまなことにチャレンジする気持ちや意欲も芽生えてきていて、本当に嬉しく思っています。でも、これまでの経験や障害の影響もあるのでしょうか、「ちゃんとしなきゃ」「期待に応えなきゃ」というプレッシャーを感じやすい性格でもあります。そういったこともあり、今の私の役目は、その気持ちを少しずつやわらげて、もっと柔軟に、自由に生きていいんだよと教えてあげられたらなと思ってます。
そのために私自身も、親として完璧であろうとはせず、自分の恥ずかしかったことや失敗も、あえて話したり見せたりするようにしています。というか、かなり「へっぽこ母さん」笑 なので、このままでいきます。
HESUN ヘスン