巣立つ子供〜母の気持ち

18年間一緒にいた娘が大学進学のため巣立っていきました。

受験という一つの大きな山を越え、彼女は念願の東京での大学生活を送る切符を手に入れたわけです。

「受験」と言っても簡単には言葉で表せないくらい、娘なりに頑張った時間だと思います。

高校受験では第一志望校に落ち、本人まさかの滑り止めの学校へ行くことに..

合格発表を親子3人で見に行きましたが、今でもあのときの光景を忘れられません。落ちると思ってなかった長女はかなり落ち込みました。あまり落ち込まないタイプの子だけど、あの日の悲しい顔と引きつった顔を見たら声をかけれませんでした。

けど笑えるのが、やっぱり引きずらない性格の持ち主だったのでその日のうちに復活しました。小中学でとても仲の良かったお友達が同じ学校の同じコースにいたおかげで楽しい高校生活を送ることができました。

 

長女は小学校高学年からジャニーズにのめり込み、ライブやコンサートへ行くようになりました。中学生になると今度はK-POPにゾッコンです。今の子ってすごくてね、ネットワークをうまく活用していくらでも行きたいコンサートのチケットを手に入れるんですよ。

好きなことには躊躇なく時間もお金も厭わない長女はお金を貯めてはチケットをゲットし、東京や大阪への交通手段や宿泊先のお得情報を調べつくして自分で予約するまでに。現地での道順や交通手段をみるみるマスターしていき、こっちが大丈夫か?!とストップをかけるほど出掛けていました。

高校生のときはコロナが発生した時で行きたくても行けない状況に。3年間は学校行事もほとんどなくなりつまらない学校生活だったと思います。

あまり勉強もせず赤点取らない程度に位置し、中学生から原因不明の睡眠障害のような症状があったので授業中ずっと寝ているというか起きていられないという症状が高校生でも続きました。

病院にも行き、検査や通院もしましたが原因もわからないし治りもしませんでした。

そんな子でしたが、高校始めの頃から東京に進学すると宣言してました。それは刺激大好きな彼女にとって東京は本当に楽しい世界だからです。

「はぁ〜⁇」、私たち夫婦は笑ってそんなの無理と受け合いませんでした。成績も悪いし遊んでばかりの長女が東京に行きたいだけの理由で、訳もわからない大学にとりあえず入学して高い学費と生活費なんて払えるはずもありません。

夫は、「東京行くなら誰もが知ってる難関大学じゃないと認めない、しかも浪人はなし!」と長女に下しました。

後日、「明治大学に行く!」と長女。

「はい⤴︎⁇」声が上擦ります。なんとも単純というか何も考えてないと言うか..

「やれるもんならやってみなさい」と夫。

しばらくは何の変化のない娘でしたが、思いは通ずるというか引き寄せるというか3つの大きな出来事が重なり結果的に夢を叶えることになりました。

そのうちの一つは、高校2年の夏休み前だったかな〜?大好きな1つ上の先輩に告白して付き合うことになったことです。彼は受験生だったし、長女との交際を相当悩んだらしいです。でもなぜかokしてくれました。彼は国立大学の理系を目指していて、いわゆる頭のいい子でした。

ということで、デートは図書館で勉強・マクドナルドで勉強、とにかく勉強ばっかりしてました。そうすることで勉強するリズムができ、勉強法や工夫などいろんな面で改善出来なかったことに変化が生まれました。

2つ目は高校2年の1月から塾を変えたことです。長女は東進に通っていましたがあまり効果を期待出来ず、私達夫婦は武田塾への変更を促しました。が、長女は全面否定でなかなか合意してくれずかなり手こずりました。でも武田塾長との面談や私や夫の説得でなんとか納得してくれました。塾を変えてからすごく成績は上がりました。

3つ目は付き合っていた先輩と別れたことです。彼は大学に見事合格しましたが卒業後は遠距離恋愛となります。ラブラブだった2人でしたがやはり大学生になった彼は向こうでの生活が楽しかったのでしょう、すれ違いになり上手くいかなくなってしまいました。早い段階で破局してくれたおかげで、かなり長女は悲しんでいましたが引きずらない性格もあり以外に早く立ち直りました。逆に彼を見返してやると明治大学から早稲田大学に目標を変え、4月後半からものすごく頑張り始めました。

というわけで長女の快進撃があったのです。勉強ができるというより要領が良かったので、学校での勉強はそこそこにとにかく受験のための勉強に工夫を凝らしていました。

本当に早稲田大学に行きたかったのでしょうね。狭い勉強部屋の小さな机に筆ペンで書いたのでしょうか、左下に自分の名前を書いてずっと貼っていました。

残念ながら早稲田の壁は打ち破れず合格できませんでしたが、落ちた後もしばらくそのままでしたね。

それでもMARCH(マーチ)のうち2校は合格できましたので、本当に良かったです。

大学に行くのさえどうなんだろうと思うほどだった娘が短期間でここまでこれて嬉しい限りです。卒業した高校でも、外壁に垂れ幕が掲げてもらえるし学校新聞にも載るそうです。

 

「願えば叶う」

「信じてやってみる」

「失敗を恐れない」

長女から学びました。

年齢や自分の性格もあるのでしょう、どうしても保守的になってしまいます。

彼女が大学進学を目指し始めた頃から、子供っていつかみんな出ていくんだよな..とすごく恐怖を感じたんです。

この子達がいなくなってから、心にぽっかり穴が空いたような生活だけはしたくないと感じ、自分が好きなことで打ち込めることを仕事にしたいと思いました。

そして占いに出合いました。自分の経験と占いが少しでもご相談して下さる方のお役立てればと思って活動しています。

そして皆さまの人生を一緒に共有させて頂き感謝の気持ちと、私の方がいつも勉強になることばかりと感じております。

何か辛いことや悲しいこと、聞いて欲しいことがあるときは1人で抱え込まず話してみることで気持ちが楽になったり、心が整理されスッキリすることもあります。

 

長女が旅立ち、思った以上に寂しい気持ちの私です。彼女のものが家からなくなって、姿が見れないのがなんとも言えず悲しいのです。

でも長女がこれからの未来に向かって突っ走っていくと思うと、私も頑張れます!

18年間、私にありがとう

18年間、長女にありがとう

 

Hesun ヘスン

 

 

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ヘスン

1972年島根生まれ。愛媛・松山を中心に占い師として活動しています。詳しくはこちらから。ご相談やイベントのご依頼はこちらから。Instagramもやっています。

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